前回の北京MIJI FESTIVAL + Multiple Tapに引き続き、日本の音楽家たちのフェスティバルプロジェクト『Multiple Tap』は杭州へやってきた。北京から和諧号に乗り約6時間。上海から約200Kmに位置する杭州は、浙江大学や中国美術学院など大学が多い。多くの道路には街路樹が並び、中国の他の都市に住む人々は「中国で最も美しい都市だ」と言う。
インターネット上の情報で杭州での公演詳細が確認できぬまま、杭州に到着した。迎えてくれたオーガナイザーのAdelやYue、Peterが話すところによると、最近日本人ミュージシャンの公演のキャンセルが相次いでいることから、大きな告知はしていないとのこと。公演キャンセルは、ミュージシャンやオーガナイザーの都合ではなく、政府からの検閲が理由だ。インターネット上で告知すれば、すぐに政府に「日本人ミュージシャンが中国国内で演奏する」という情報が伝わってしまう。数十人規模の小さな公演であっても、政府は見事にライブ情報をキャッチし、会場に実施を中止させるそうだ。
そういった事情もあり、今回Multiple Tap杭州が開催された場所は、スタジオ併設の小さな楽器店。普段ギターやアンプが並べられている店内スペースの一部を広く開けて、演奏スペースと観客のためのスペースが設けられた。
会場の楽器店。
30人ほど入れば満員となる会場。演奏前には30人ほどが集まり、演奏中にいくらか退出する観客も見られて、最後には20人ほどが残った。しかし北京のみならずここ杭州でも、最後まで演奏を聴いていた観客たちの真剣な表情や熱心に耳をすます姿勢にほっと安心した。集まった人々の多くは、メーリングリストや中国のSNS『wechat 徴信』(※基本的には自分の友人にしか情報が回らないため、比較的クローズドな情報共有ができる。)を通じてこの日のイベント情報を得たらしい。
Multiple Tap 杭州
4月8日(木)8pm
会場:花火工作室
出演:
中村としまる/秋山徹次/康勝栄/颜峻 Yan Jun/照骏园 Jun-Y Ciao
北京に引き続き、杭州でのライブ終了後の数名へのインタビューを掲載する。
杭州市に住む、女性の観客
──今日のライブを見て、どうでしたか?
このような音楽を聴いたのは初めてですが、かっこよかったですね。
──いつもはメロディやフレーズがある音楽を聴いていますか?
はい、そうです。初めてこういう音楽を聞いて、わくわくしました。
秋山徹次+康勝栄
中村としまる+照骏园 Jun-Y Ciao
外国人客・男性
──どうやってこのイベントを知りましたか?
オーガナイザーの一人、Yueが教えてくれました。Yueとは友達で、たまにYueのオーガナイズするイベントに私が出ていたりもするので。
──杭州に住んでいるのですか?
はい、学生です。中国美術学院で建築を学んでいます。
──今日演奏した日本人音楽家のことは知ってましたか?
全員の名前は知りませんでしたが、聞いたことのある名前もありました。
──今日の演奏はどうでしたか?
秋山徹次さんのギターと、照骏园のサックスのセッションが、私の一番のお気に入りでしたね。良く聴いていたECMの作品や音楽家を思い出しました。あとノーインプットミキサーも面白いなと思ったし、Yan Junのあのメガホンみたいな形のもの、あれも良い。中国では中国の音楽家を見る機会は多いですが、日本の音楽家を見ることは少ないので、良かったですね。私はノイズやアヴァンギャルドバンドも好きで、上海の696LIVEというスペース(※上海のライブハウスで2014年12月に閉店。Torturing Nurseの定期イベントはここで開催されていた。)に良く行っていたので。とにかく面白かったです。
Yan Jun+康勝栄
秋山徹次+照骏园
照骏园 Jun-Y Ciao
※上海出身、フリージャズ等のクラリネット・サックス奏者。
──今日演奏してどうでしたか?
とても良かったです。集中力の高い演奏ができたと思います。一緒に演奏した中村としまるさんは、Yan Junとも一緒に演奏していましたが、彼の音楽は素晴らしいですね。
──よく杭州で演奏しますか?
上海に住んでいたんですが、今は杭州から少し西の地方に住んでいます。上海が一番演奏回数が多いですが、北京で演奏することもときどきあります。
──いつも即興で演奏しているんですか?
たまに、即興ではなく作曲された曲を演奏しますね。
──音楽で生計を立てているんですか?
いえ、中国では音楽では生きていけません。ビジュアルアートもやっていますが、それでも食えないので、自分の「仕事」とは言えないかもしれませんね。
──日本拠点の音楽家と演奏したのは初めてですか?
以前Sachiko Mさんと上海で演奏しました。そのときもYan Junのオーガナイズでした。
──今日は秋山徹次さんと、中村としまるさんと、それぞれ演奏されていましたが、中国と日本の表現の違いみたいなものは感じましたか?
抽象的ですが、違いは感じます。まず、バックグラウンドが違います。なので、まったく同じ楽器を使っていたとしても、出る音は違うはずです。まったく同じ音だったとしても、違う音になる。そして、例えば韓国人の音楽家からも、中国とは違う音を感じます。
──韓国の音楽家とも演奏したことがあるんですか?
はい。ソウルのRyu Hankilと演奏したことがあります。とにかく、抽象的ですが、私はそういった違いを感じながら演奏していますね。
Yan Jun+中村としまる
Adel / Yue
※Adelは浙江大学で、中国インディー音楽やそのマーケティングについて、留学生に対し教えている。Yueは自身がアーティストであり、ロックバンドのミュージシャンとしても活動しながら、同じく浙江大学でも働いている。
──オーガナイズして、どうでしたか?
Adel:このスペースは最適ではなかったと思っています。音に関しては、この環境にしては良い音だったと思うんですが、もっとすっきりしたスペースで、周りも静かな環境であれば、もっと良かったかなと思います。しかし、これが今の杭州の現実です。今、杭州にはこういった音楽にふさわしい場所がないので。
──場所がなくても、挑戦してみることは大事ですよね。
Yue:僕にとってはスペース自体はさほど問題ではないですが、今日の演奏はとても素晴らしかった。まずはそれが良かったと思います。照骏园と中村としまるさんのデュオ演奏が一番お気に入りでした。
──日本のミュージシャンのショウケースを企画するのは初めてですか?
Adel:大友良英さんとSachiko Mさん、角田俊也さん、あとUniiさんのコンサート等を企画しました。
──こういった音楽はポピュラーではない音楽ですが、企画することって難しいですか?
Adel:いえ、私にとっては難しくはないです。お金にしようと思ってやっていませんし、小さいシーンなので大勢のお客さんをそもそも期待できません。どれだけ頑張っても杭州では数十名のためのコンサートになります。
──どうしてこういったポピュラーではない音楽のイベントを企画しようと思ったのですか?
Adel:まずは、私の専門リサーチ分野が中国の実験音楽である、ということ。実験的な音楽が好きですし、サポートしたいと思ってます。音楽コンサートを企画開催して、この種の音楽を根付かせていくことが大事だと思います。あと、街にとっても、多様な音楽があるということは重要です。そして、コンサートを企画してお金を稼がないといけない、これをこの先何かに結びつかせなければいけない、という大きなプレッシャーがないので、自分たちのペースで続けて企画していけます。逆にお聞きします。あなたは今日のコンサート、どうでしたか?
──私は日本人で日本の環境に慣れているので、たまに人のカメラ音やフラッシュが気になってしまいます。ただ、中国に何度も来ているので、それにも慣れてきてますね。あと、こないだの北京MIJI+Multiple Tapは満員で、動けない状態だったんです。今日は少し余裕もあって、観客のみんながどんな顔をして聴いているのか見えました。ここに来た人たちは、即興演奏や実験音楽、ノイズ等の知識がなかったとしても、こういった音楽にすごく興味を持っている人たちなんだろう、と思いました。あと、杭州は大きくはない街なので、こういう音楽を落ちついて聴ける余裕があるのかもしれない、とも。上海や北京はとても忙しい。でも杭州は、人が生活を楽しんでいるように見えます。そして今日のコンサートも、杭州のみんなの生活の一部になったんじゃないかな、と。
Adel:今日来たお客さんはだいたい見たことあるんですが、基本的にこういった音楽が好きな人たちですね。
──Adelたちが音楽コンサートの企画を続けてきたから、お客さんが定着しているんだと思います。
Adel:でもたったの20人ぐらいですよ(笑)。
──いや、それが大事ですよ。
Yue:ただ、今回は制限があったんですよ。
Adel:そう。公に告知できなかったんです。最近、中国ではコンサートに検閲があるのは知ってますよね?新聞、雑誌、フライヤーなどで宣伝できなかったんですよ。
Yue:中国ではたくさんの会場が閉店せざるを得なくなってしまいましたしね……。
──難しいですね。とにかく、杭州のあなたたちがコンサートの企画を続けられることを祈ります。
そしてその後、杭州を発ち上海に到着。上海外滩美术馆(Rockbund Art Museum)で2日間にわたりMultiple Tapが開催される予定だったが、外滩美术馆に中央政府からの中止要請がきたとのことで、公演はキャンセルとなった。昨今、外国人が中国国内で演奏するコンサートが中止に追い込まれることが多いそうで、特に日本人の場合は厳しいという。また、音楽を演奏できる小さな会場の多くも、そういった状況が相俟って閉店せざるを得なくなってしまっている。中国では、コンサートを開催するにはライセンスとライセンス料の支払いが必要だと上海で共演予定だったミュージシャンが教えてくれた。資金の少ない小さな会場はそのライセンス料を支払えないと言う。特に上海の状況は厳しく、小さな会場が極端に減ってしまったことから、上海のオーガナイザー並びにミュージシャン達は場所探しに苦労している。現在、上海在住音楽家が、演奏する場に恵まれた北京に移住するケースが多い。
イベント終了後、談笑するYan Jun、Adel、照骏园とYue。