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大阪ローカルアート情報を英語で発信するメディア“FLAG”インタビュー

外国人の感覚が大阪の人たちに良い影響を与えて、お互いに良いものを交換できればいいですね。

When I came back to Japan from trip in Asia, I realized a big problem. In Shanghai, Beijing, Hong Kong, Bangkok, and Taiwan, there are many art informations in English. It’s easy to find and visit to local events and exhibitions each cities even if we cannot understand Chinese or Thai. But in Osaka, there is few art info in English language. How do foreigners find art info in Osaka? I think it’s hard for foreigners to find Osaka art info. After several weeks I attended Osaka art mapping project which was leaded by editors of FLAG. I met FLAG, also Goto-san and Duncan-san. FLAGmeans Foreigner’s Live Art Guide which releases latest informations of art exhibition and events in Osaka as paper issues. I was excited I found bilingual art guide in Osaka. You can get Osaka art info from it even if you are not Japanese speaker. Editors of FLAG help foreigners in Osaka and connect them to local art scene. Today, I want to introduce their thinking to Japanese and foreigners both. Hey, our friends in the world! Please come to Osaka to get FLAG and to meet local arts in Osaka! (text by Kanako Yamamoto)

Foreigner’s Live Art Guide “FLAG” 外国人のためのライブアートガイド

http://www.f-l-a-g.net/

 

Editors of FLAG…

後藤哲也 (ごとう てつや / GOTO Tetsuya) -写真右-
(株)OOOPs代表。グラフィックデザインを中心に、企画やコーディネート、イベントプロデュースなどを行う、もはやクリエイティブまわりの「なんでも屋」。西天満にあるオルタナティブワークスペースOOOの運営や大阪のバイリンガルアートガイドFLAGの発行も行っている。

 

ブラザトン・ダンカン(Duncan BROTHERTON) -写真左-
高槻市在住のオーストラリア人。西天満のオルタナティブワークスペースOOOで主に英会話レッスンとデザインの仕事を行っている。英文アートガイ ド 「FLAG」の編集をしながら、「ニッポンのパッケージデザイン展」を主催し、日本タイポグラフィ協会の季刊誌「typographics ti:」の編集/デザインなど、あらゆるクリエイティブな活動に従事している。関西のクリエイティブなスポットを外国人の視点で紹介するブログ”Tsunagari D”の運営も行っている。

 

OOO projects

http://www.outofoffice.jp

 


大阪にデザイナーなんていない、と思ってました。

──まず、お2人の出会いは?

後藤:まず、ダンカンがオーストラリアで大学生のときに作っていたタイポグラフィのZINEがあったんです。世界のいろんなデザイナーを紹介したいという構想を持ってて、世界のいろんなデザイナーに連絡してたんだけど、その中で唯一返事をくれたのが、僕が当時サポートしていた東京のアートディレクターの浜田武士さん。浜田さんだけがダンカンのZINEに協力してくれたらしくて。その後しばらくして、ダンカン日本に来たんです、彼女追っかけて。

 

Duncan:そう、別の理由でね(笑)。

 

後藤:ダンカンは日本に来て何年か経って、当時NOVAで働いてたんですけど、ある日突然思い立ったらしいです。ZINEを浜田さんに渡してない、これを届けないといけない!って。

 

Duncan:そう、その時ちょうど部屋を片付けてて、そのZINE見つけて…。

 

後藤:笑 忘れてたんや

 

Duncan:その頃遊びすぎてて(笑)。部屋片付けてるときにZINEが出てきて、「お、これやん!」て思って。大阪に住んでても、ぜんぜんデザイナーに出会えなくて。大阪にデザイナーなんていない、と思ってました。「これあったら出会えるやん、きっかけ作れるのに、何してるんやアホ!」と思って。自分の資料用意して浜田さんに英語でメールを書いたら、後藤さんが返事をしてくれたんです。

 

後藤:浜田さんがそのメールを転送してくれて、「大阪にいる子みたいだし、後藤さん大阪だから会ってもらえませんか?」って言われて、ダンカンに初めて会った。それが何年だった?

 

Duncan:それが2005年の春です。そのZINEは僕が大学時代に作ってたエクスペリメンタルなタイポグラフィのZINEだったんです。タイポグラフィやセルフパブリッシングに興味を持ってて、大学の友達とコピー機で刷ってたんですよ。

 

──その出会いを経て、後藤さんが立ち上げたOOOにダンカンさんも参加すると。では後藤さんとダンカンさんがFLAGを始められたきっかけは?どこかからアートマップを作って欲しいと依頼があったんでしょうか?それとも自ら始めようと?

 

後藤:依頼が来たとかはまったくないです。誰からも頼まれてないのに勝手に始めました。ちょうどエルマガ休刊のニュースがあった頃。僕は元々美大出身とかじゃないし、ダンカンも元々日本に住んでいたわけじゃないんで、アート関係のネットワークが狭かったんですよ。エルマガに載ってる展覧会情報とか映画情報とか、僕にとっては大事なソースでした。エルマガが休刊するってことは、その情報ソースがなくなるな、と思って。そのちょっと後に関西アートビートもストップします、と。じゃあますます情報を得る手段がないなあと思って。インターネットを駆使できる若い世代だったら、ネットで調べられるのかもしれないけど、僕にとってはネットじゃ受け身の情報しか入ってこない。インターネット上でむちゃくちゃ探しまわるってことはあまりしないんで。これはやばいなと思ってました。同時に、「僕らがやってもいいんかな?」って考えて。何ヶ月か待って、誰かが似たようなことを始めたらそれを見ればいいし、誰もおらんかったら自分らでやろうかなーと思ってたんですよ。


The first issue of FLAG (left) and The 4th issue of FLAG (right).

 

誰もやらんことに対して文句を言うだけの人間にはなりたくない

後藤:その頃ちょうど、このOOOの壁の絵を描いてくれたアーティストを大阪に呼んで、イベントをここOOOとgrafとYOD galleryの3カ所でやったんですよ。grafでやったときに、京都在住のフランス人の方が「大阪にはほとんど行かない」とおっしゃってた。「大阪にはそういう文化とかないよね。あるかもしれないけど、京都で事足りてる」といった感じのことをおっしゃってて。あ、これちょっとムカつくけど、伝わってないならそりゃ知らないだろう、と思った。僕らも例えば、「神戸に何がある?」って聞かれたら同じようにわからない。誰かが発信しないといけないけど、僕もダンカンも、誰もやらんことに対して文句を言うだけの人間にはなりたくないなと思って。「なんで大阪なんもないねん」ってお酒飲んで文句言って終わり、ってなりたくなかった。それだったら自分たちでやってみようか、って話をして。FLAGというネーミングとコンセプトがぱっと浮かんだんで、助成金の書類を1日で書いて申請したんです。そうしたら通って。少ない額なんで僕らぜんぜん儲からないですけど。

 

Duncan:後藤さん助成申請書くのうまいんですよ。

 

後藤:とりあえず1年間は印刷できるなと思って。儲からないけど、僕はその当時まだ会社で働いてたし、収入はあった。ダンカンも英会話教師してたし、儲からなくても損はしないしいいかと思って始めたんですよ。それが、2009年の春ぐらいかな。

 

──FLAG創刊の当時は私見てないんですけど、今の装丁と同じ感じなんですか?

 

後藤:いや、ぜんぜん違いますね。バックナンバーを…一番最初はこういう形だったんですよ。

 

──結構あっさりしてたんですね。当時はバイリンガルじゃなくて英語のみだったんですね。

 

後藤:そう、英語だけやったんですよ。外国人向けに作るし、英語だけでええやんと思ってたんです。あと、外部のライターに頼む経費がないんで、自分らで書いてるんです。インタビューとかも自分たちでやって。底が浅いことがバレたら嫌なんで英語で…。

 

Duncan:ははは笑

 

後藤:英語だけやったら、詳しくアートを解説する必要性よりも、外国人観光客向けのイントロダクションとして書けるんで。本気のアート批評とかは僕らにはできないんですけど、英語やったら日本人にもバレないなと思ってました(笑)。それと、ペラものなんで、それぐらいのボリュームでしか記事を入れられないという。

 

https://issuu.com/foreignersliveartguide/docs/flag_001
The first issue of FLAG. / Open publication – Free publishing

 

──今何号目でしたっけ?

 

後藤:次で10号目です。(※現在配布中)

 

Duncan:うん、2年ちょっとですね。

 

──助成金は今も同じ額で続いてるんですか?

 

後藤:助成金は2年間もらっていて。次、3年目も申請したらいけるっちゃいけるんですけど、なんか助成金でしかできないっていうのにはなりたくないなと思ったんですよね。とりあえず3年目の今年は、イーマさん(※大阪梅田に位置するショッピングビル)にスポンサーについてもらっていて、イベントによって広告料払ってもらっているところがあります。正直なところ、助成金もらったうえに、さらに広告も出してもらったら、僕とダンカンの取り分も少しはあるんですよ。でもそれに頼り続けると4年目はないなと思ったし、助成金があると、ここ休みたいなと思ってもやらないといけない。自由もなくなるんで、助成金なしで一度やってみようかと。2人ともFLAGでは儲かってないけど生活できてるし、今後どういう形でやっていくか、今相談しています。このまま同じようにやっていけるかどうかはわからないです。

 

日本人の、あうんの呼吸。
外国人からすると「そんなん言わなわからへん!」

 

──いつも口癖のように「FLAGは2人でケンカしながら作ってます」っておっしゃってますけど、どういうケンカしてるんですか?

 

Duncan:それは後藤さんの口癖。笑

 

後藤:別にダンカンバカヤローみたいなのはないですよ。単純にあんまり口聞かないとか、そういうのです(笑)。

 

──そっちのほうが怖くないですか?(笑)

 

Duncan:たまにですよほんとに。

 

後藤:たぶんあんまり効率的なやり方をしてないっていうのもあります。僕が英語を話せて、ダンカンは日本語を話せるけど、お互い日本人とオーストラリア人だから、考え方も違うんです。例えば僕だったら、「言わんでもこれぐらいやってくれるやろう」みたいな日本人的発想があって。この辺は「やっておいて」って言ってないけど、言ったら逆に失礼かな?みたいな。言ってないけどあうんの呼吸でやってほしいな、みたいな。日本人はそう思うけど、外国人からすると、「そんなん言わなわからへん!」。言われたことはやるし、自分が思いついたことももちろんやるけど、グレーの部分は、やるべきかどうかわからんやん!っていう。

 

Duncan:でも僕ちょっと慣れてきたんですよ。最近わかってきました。最初のほうは、「え!?それ、言われてない!」って思ってたんですよ。言われてないのにやって欲しい、ってどんなこと?って思ってたんです。

 

後藤:日本人からすると、言われてないからやらん、って言ったら、「お前あほか」って言われるような世界やから。その辺の考え方、勉強になります。ダンカンのように9年日本に住んでて、言葉もすごくわかるし日本文化もよく知ってる人でも、人間としてのコミュニケーション方法がぜんぜん違うんだな、って。僕も英語が話せるだけで、いまだにその辺の感覚はぜんぜんわかってないな、って。オーストラリア人でもそうだし、例えば中国人だったらまた別の問題が出てくるかもしれないし。

 

Duncan:9年って言ってもね、日本に住んで9年。日本社会で働いてからはまだ3年。だから、今でも僕は学習してる途中なんですよ。いつでもいろいろ気づいてます。例えば、スポンサーの方などと打ち合わせをするとき。後藤さんは打ち合わせ中に打ち合わせの結果がわかってるんですよ。後藤さんに「今日はいい打ち合わせでしたね」って言うと、後藤さんは「いや、スポンサーさんはこれをやってほしいってことなんだよ。」って。いつそんな話になってた?!って。僕ぜんぜん気づいてないんですよ。

 

──言葉で言ってないことを、日本人はみんなが空気感でわかっている。それがダンカンさんには感じ取れないことがある、ってことですよね?

 

Duncan:そう、そうなんですよ。

 

後藤:でも勉強になりますよ。日本人は独特のコミュニケーションしてるんだなあって。

 

──なるほど。じゃあ具体的に言い合いとかケンカしてるわけじゃなかったんですね。外国人、日本人に関わらず、FLAGを読んだ人の感想ってどんな感じですか?

 

後藤:最初は即反応あったんですよ。1号目。外国人から。

 

──どういう反応でした?

 

後藤:Thank you!って(笑)。

 

Duncan:電話かかってきたこともありますよ。珍しく。大阪に住んでてSOHO galleryをやってるセリオさんが、FLAGに情報を載せてください、っておっしゃってくれたり。

 

──日本人って英語アレルギーみたいなのがあるじゃないですか。最初、FLAGを見て「ひゃー!」ってなってる日本人とかいました?

 

後藤:最初はそういうのありましたね。

 

Duncan:私たちの最初のフィードバックはね、外国人からじゃなくて、日本人から。「バイリンガルにしてほしい」っていう依頼だったんです。

 

──この大阪アートマップを日本語でもやってくれ、と。

 

Duncan:そうそう。大阪の日本人が主にFLAGを拾っていくんですよね。5000部刷っても、大阪にアートに興味を持ってる外国人は5000人もいないと思う。

 

後藤:「これ英語やからな」みたいなことを言ってるのを聞いた事あります。FLAG置いてもらってるカフェみたいなところに行ったら、そういう会話を聞きました。別に悪口は言われてないんですけど「なんかこれ英語やからわからへん…」とか言われてて。僕がやってるってこと、もちろんみんな知らないから。「取らんかったらいいだけやん」とか思いましたけど(笑)。

 

──笑 確かにそうですね。

 

「英語だからできない」って、私の考えでは、「怠け者!」って思うんですよ。

 

Duncan:山本さんは英語アレルギー持ってます?

 

──私は今はもうないですね。英語の情報を理解していかないと危険だ、と思ったんですよ。発端が、国際情勢のニュースとか見てて、明らかに日本語ニュースが遅くて1日遅れるし、書いてる内容もニュアンスが違うと思って。だからニュース見る時は、英語も同時に見ていかなあかんと思ったんです。私はぜんぜん流暢に話せないですけど、とにかく英語を読むことがんばってます。facebookでは香港人や台湾人の友達がいるんですけど、海外のクリエイティブなことしてる人って、英語圏でなくても海外に発信したいから英語使うんですよね。そうなったらアレルギーどころか、慣れるしか仕方がないというか。多くの人は、日本にいれば日本語で事足りる、そして英語を使わないことで、自分たち自身を俯瞰的に見れていない気がします。その辺はどう思われます?

 

後藤:僕は外国語大学出身なんで、周りにいる人たちは、英語話せないにしても多少はわかるんですよ。その時の知り合いとかはちょっとは話せたりするし、海外旅行よく行ったり、今も外国に住んでる人います。僕の奥さんも、あんまり流暢にはしゃべれないですけど、意思疎通ができる程度には話せる。聞く分にはわかるし。僕は元々英語使う仕事が多かったんです。僕よりもっと英語下手だけど自信満々にプレゼンする人とか、帰国子女みたいに話す人とか、そういう英語に対するコンプレックスがない人たちばっかりのところで仕事してたので、逆に僕はそういう感覚がわからなくなってます。「英語やからあかん」みたいなことを言う人があんまり周りにいないんで。情報鎖国っていうのも、今の若い子はネットとかで結構英語見てるんじゃないかなと思ってて。僕らの世代は確かにそこまでアレルギーある人いると思うんですけど、今の大学生なら、もう日本がナンバーワンじゃない時代に育ってるから、危機感もって英語勉強したりしてるんじゃないかなと思って。

 

──ダンカンさんは、英語を教える立場として、日本人の英語アレルギーに対してどう感じていますか?

 

Duncan:英語アレルギーが本当にあるとしたら、僕がやってる英語教師って、お医者さんですよね。だから、その英語アレルギーを治したい。「英語だからできない」って、私の考えでは、「怠け者!」って思うんですよ。「自分の尻を叩いてよ!」って強く言います。でも実は、僕も同じだったんですよ。3年前ぐらい。日本語アレルギーあったんですよ。日本語なんかできないって。後藤さんにも言ってました。できない、できない、って。でも最近はもうそれ言えないんですよ。字読めないって言ってもね、それはもう言えないこと。

 

後藤:すごいですよ。日本語の修正をやってくれたりしますから。

 

──そうですよね、ダンカンさんからのメール、とても自然な日本語でした。

 

Duncan:やらないといけないしね。自分のなかで日本語アレルギーなくそうと思ってるし、日本人で英語習う人たちにも頑張ってもらいたい。普通日本人の人でもこのぐらいの(FLAG第1号を指して)英語は読めるんですよ。

 

──そうです。絶対読めます。

 

Duncan:絶対読めますよね。読んでもらうと、この内容が面白いと思ってもらえるかもしれない。僕としては、ハテナです。文化的にわからない、っていう人には、「怠けるな!」って思うんですよ。日本ってすごい不思議です。日本人はしっかりしてるのに、英語のことだけでは、怠け者。勉強しない。

 

──今後はFLAGは英語だけのフリーペーパーに戻すことはないんですか?

 

後藤/Duncan:うーん、わからないですね。

 

後藤:今ネットのメディアもいろいろあって、FLAGの核となるマップとイベント情報に関しては、今、日本語でかなりのソースが出てきてる。日本人はそれで充分だろうと思うし、外国人に対してもそういったことが充実してくるのであれば、僕らもマップやイベント情報を中心にやらなくてもいいと思うんです。そうなれば、大阪のもっとローカルなことを外に出す為の英語だけのメディアに戻るかもしれないです。今はニーズに答えてやってるんですけど、元々のことを考えれば、FLAGってForeigner’s Live Art Guideだし。でもこの1号目、スペル間違えてるんですけどね(笑)。

 

──あ、Foreigner’s のGがない(笑)。

 

後藤:僕らそのとき「うわーしまった!」って思ったんですけど、今思うとこれ結構面白いですね。

 

Duncan:個人がやってるって感じでいいね!

 

後藤:英語のみのFLAGに立ち戻る可能性もあります。誰にも頼まれずにやり始めたんで、自分たちが面白いと思うことしか続けられないですよね。お金にもなってないんで。

 

Duncan:後藤さんがこの前言ってて、僕もいいなと思った話があるんだけど。他にアートをバイリンガル発信する良いメディアが出てきたら、僕ら喜んでFLAG終わります!っていう(笑)。そうなれば僕らがやらなくていいってことだし。

 

後藤:FLAGよりもさらに充実したフリーペーパーとか、同じようなメディアが出てきて、バイリンガルだけじゃなくてトライリンガル、中国語も入って…とかになっていけば、もう早くやめたいって感じです。

 

──実は私もそうなんですよね。みんながアジアのことを知るようになったら、やめたいです。目標として5年以内にはやめたいんです。5年以内にみんながアジアのことに興味もっていれば、やめようと。
ちなみにFLAGを立ち上げるとき、紙で出すかネットで出すかは迷われました?

 

後藤:紙しか考えてなかったです。一応webサイトもありますが、メインは紙。

 

──それはなぜ紙で?

 

後藤:外国人がターゲットなんで、外国人に見てもらいたい。それで自分がどこかへ旅行に行くときのことを考えました。今はiPhoneとか使ったりしますけど、やっぱりFLAGを始めた2009年の時点でスマートフォンはそこまで流行ってなかった。あと旅行先でこういう紙モノ集めたりとか、実際に見て書き込んだりっていうのがいいなと。ネット上でもできるんでしょうけど僕らの世代にはこれが合うんです。実はFLAGはわざとマップのスペースも大きく取ってて、「あ、ここに美味しいお店あったな」っていうのも書きこんでもらったりすれば一番良いなと。そういうことに使って欲しいから紙を選びましたね。たまに東京の人が「FLAG見てギャラリー回りました」って言って、ぼろぼろになったFLAGを見せてくれたときは、良かったなあと。きれいに取って置いててもらうよりは、もう「どんだけ折るねん!」っていうぐらいぼろぼろになってたら、「ああちゃんと使ってくれてる」って。

 

──確かに私も前回の旅行でよく使った地図は紙でしたね。ロンリープラネットのiPhoneアプリとかも使いましたけど、iPhoneを何度かクリックして地図出すよりも、紙でさっと出せる方が楽なんですよね。

 

Duncan:僕の生徒さんの1人もよくFLAG使ってくれてます。レッスンで見せてもらったんですが、時間とか赤でたくさんチェックされてるんです。いろんな風に使われててうれしいですよね。毎号、ピックアップイベントのところには、「○(良かった)」「△(いまいち)」とかチェックされてるんですよ(笑)。あれすごく面白い。

 


Map pages in FLAG.

 

──そういう書き込まれたFLAGも見てみたいですね!では最後に、FLAGで大阪をどう変えたい、とか考えられてますか?

 

外国人と大阪の人が良い影響を与えあうことによって、
大阪って10年後もっと面白くなるかもしれない。

 

後藤:元々のきっかけとしては、ダンカンが大阪の内部のことを知らなかった、大阪にデザイナーがいるってことを知らなかったっていうことみたいに、

 

Duncan:すべての始まりがそこですね。

 

後藤:そういう風に思ってる外国人がいっぱいいて、外国人同士でつるんで飲んでるってことがほとんどだと思うんです。そういう外国人の中の、100人いたら2、3人でもいいから、FLAGを見てくれて、「あ、このイベントおもしろそうやな」って思ってくれたら。それで実際に行ってみて、行ってみたらそのアーティストが英語話せて、仲良くなって、こういう日本のシーンに外国人が入ってくる、とかいう現象が起こればいいなと思います。僕はぜんぜん東京嫌いじゃないんですが、東京に行かないといけない、とは思ってない。大阪で自分たちが面白く仕事できる環境を作っていくなかで、外国人が入ってきて、外国人の感覚が大阪の人たちに良い影響を与えて、お互いに良いものを交換できればいいですね。ダンカンも、オーストラリアに帰ったときに「東京に行く」って言うオーストラリア人の友達がいたら「絶対大阪行った方がいいって」って言うと思うんですよ。

 

Duncan:うん!

 

後藤:そういうことの草の根活動のための情報源、っていうのでFLAGは考えてるんで、それを誰もやらないのなら僕らがやろう、と。これが一気に大阪を変えるとかはありえない。でも数千人いるであろう大阪にいる外国人のうち、何十人とか何百人とかが、大阪のアートギャラリー、デザインシーンに親しんでもらえて、そういう刺激を大阪の人も受けたり、逆に外国人にもそういう情報をそれぞれの出身地にもって帰ってもらったり。それによって、大阪って10年後もっと面白くなるかもしれない。そういう種だけでも植えたいなっていうメディアがFLAGです。