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香港に暮らすノイズ実験音楽家の苦悩と努力- Re-Records代表 Sin:NedことDennis Wongインタビュー

日本のノイズミュージック、実験音楽が世界的に評価が高いことは周知の事実だが、この数年で日本近隣諸国のノイズ〜実験音楽にも、何か渦巻く力を感じるようになってきた。アジアのノイズ、実験音楽家たちは、その情報こそ日本には伝わってこないが、彼らのローカルの土地でその特殊なサウンドを磨き根付かせようと奔走している。

香港を拠点に活動するSin:NedことDennis Wongは、音楽ライターを経てミュージシャン、オーガナイザーになった。香港で今一番パフォーマンスとオーガナイズを忙しくこなしている。2012年と今年の来日話をきっかけに“ノイズ、実験音楽における香港と日本の違い”、また彼のレーベル『Re-Records』について聞いてみた。

Re-Records http://www.re-records.com/
Sin:Ned facebook page https://www.facebook.com/maitreyana

 

Sin:Nedの2012年落合Soupでのパフォーマンス映像

 

来る4月25日、大友良英氏の香港公演にも出演。

 



──2012年に来日ツアー、そして今年の2月に、単独で来日して東京で演奏されていましたよね。2012年の来日の経緯は?

 

2012年の来日では、大分、福岡、大阪、東京など日本のたくさんの都市を廻ったんです。東京では4回もライブしましたね。UPLINKと、落合SOUP、Earthdomに武蔵野美術大学。あのときはTorturing Nurse(上海)やMei Zhiyong(北京)、Mafeisan(北京)などと一緒に廻りました。みんないつ頃だったからかお互いに知っていて、いつか日本にパフォーマンスしに行けたら、と話してましたね。それで、Torturing Nurseが福岡のフェスティバルに招待されたことがきっかけで具体的になってきました。みんなと一緒に、どういう風にツアーを組もうか話し合っていて、不失者のドラマー、Ryosuke Kiyasuさんに日本の大分、大阪、福岡でのライブのアレンジを助けていただいたり、東京在住だった音楽家ズビグニエフ・カルコフスキーさんにも助けていただきました。


※参考記事
webDICE: EXTREME MUSIC FROM CHINA!現在の“中國極瑞音樂”を担う重要人物たちが一挙来日|今回来日するアーティストの一人で、香港在住の「Sin:Ned」に中国アンダーグラウンド音楽シーンの現在について訊く

http://www.webdice.jp/dice/detail/3620/

 

──今回の2月の来日パフォーマンスはどうでしたか?東京のWISH LESSでパフォーマンスを行なった経緯は?

 

パフォーマンスもしましたが、今回の主な目的はあくまでも旅行だったんです。家族と東京で休暇を過ごしました。なので、今回のパフォーマンスは1回のみ。香港で働いていて今は中国大陸に引っ越した方で、友達のヤスノブさんという日本人の方がいるのですが、彼とはずいぶん長い友人で、彼はよく私の香港でのパフォーマンスを見に来てくれていました。そして、彼自身も音楽を作ります。そのヤスノブさんが、東京のWISH LESSというギャラリーのオーナーと友人で、紹介してもらいました。できたばかりの小さなギャラリーなので、ギャラリーの方もイベントを開催することに意欲的で、ちょうど良いタイミングでしたね。

 

Organs Without Body Live from WISH LESS on Vimeo.
WISH LESSでのライブダイジェスト。

7分23秒あたりからSin:Nedのパフォーマンス。

 

──香港を拠点に活動されてますが、2度来日して、香港と日本との違いは何だと思いますか?

 

あらゆることが違うと思います。特にヴェニュー(※ライブハウスやギャラリーなど、パフォーマンスを行なう場所)。香港には、実験音楽を聴かせるヴェニューがほんの少ししかない。いつもパフォーマンスやオーガナイズをするとき、場所探しに困りますね。香港にヴェニューはたくさんありますが、たいていがロックバンド、パンク、ハードコア、ヘビーメタルなどなど、そのあたりのバンドサウンド向けの場所です。昨年はCIAという、アートギャラリーをよく使わせてもらっていました。

 

──CIA、その名前はdj sniff氏から聞きました。「香港で会いましょう」と連絡を取り合った後、twitterのダイレクトメッセージで「CIAというギャラリー、香港で今一番ミステリアスな場所なので行ってみて下さい」と。なので、ぜひ行こうと思って調べたんですが、オフィシャルサイトが見つからなくて・・・・・・。

 

アメリカのCIAのサイトが見つかったんですよね?(笑)

 

──そう。それしか見つけられなかった(笑)。

 

確か、ciahk.org、とかそんな感じのURLだったと思います。またリンクは改めて送ります。九龍側にあるんですが、アートギャラリーです。今は、スロベニアのインダストリアルバンド、Laibachの展示を開催中です。(※2014年3月に終了)CIAは今度Laibachの香港公演のオーガナイズをするんです。
とにかく、香港ではまず、場所探しが難しい。今年は、twenty alphaというチームと組んでイベントを行っていく予定で、香港兆基創意書院 (HKICC LEE SHAU KEE SCHOOL OF CREATIVITY)というアートスクールのマルチメディアシアターを何度も使うことになりそうです。香港には、日本の「ライブハウス」のような場所が少ないですから。日本のライブハウスは、ノイズや実験音楽にも対応してくれていますよね。香港では、多くのサウンドマンやライブハウスのスタッフが、実験音楽やノイズのPAを担当することやオーガナイズすることをまだまだ恐れています。

 

※CIA(http://www.ciahk.org): 香港の工業ビルの一室で営まれるギャラリー。後日Offshoreにて紹介予定。

 

2013年、CIAでのSin:Nedパフォーマンス。

FM3によるドローン系ループマシーン、Buddha Machineをトリビュート。

 

──なぜ彼らはノイズや実験音楽を恐れているんですか?

 

ノイズや実験音楽を扱った経験がないからでしょう。普段はみんな、ハードコア、ヘビーメタル、パンク等と関わっていて、ノイズや実験音楽は扱ったことがない。ダイナミクスをどう取ったら良いのか、どうこのサウンドを扱えば良いのか、困るんだと思います。あと、日本はオーディエンスの方々の熱心さがすごい。

 

──そうですか?

 

Torturing Nurseなどと日本でツアーしたとき、東京では4回もパフォーマンスしました。なのでそれぞれ20人ぐらいの集客にばらけてしまったんですけど、それでもそれぞれ20人ぐらいの人は見に来てくれて、私たちの音を聴いてくれました。そしてみなさんは、私たちがそれぞれの地元でどんな活動をしているのか、興味を持ってくれていました。香港では、こういった特殊な音楽に耳を傾けてくれる人はなかなかいません。もちろん、香港でも実験音楽やノイズを聴いている人はいますよ。でも、なかなかライブに足を運んでくれる人が定着しないんですよね。リピーターが少ないです。最初は興味を持って来てくれても、「ああ、これが実験音楽なんだね」って1回見にきてくれたら、それ以降来なくなったり。

 

──東京は特別だと思います。東京って、地方出身者が非常に多い街。そして彼らは目新しいものを目撃したがってる。そもそもそれが理由で、みんな地方から出てきていると思いますし。

 

なるほど。ただ、香港のシーンはとてもとてもゆっくりですが、成長してきていると思います。プロセスに時間はかかりますが。今は、とにかくオーガナイズとパフォーマンスを続けること。オーガナイズやパフォーマンスの予定がなかったとしても、海外からのアーティストから連絡があったらオーガナイズして、ローカルのアーティストと一緒に演奏してもらう。そういった機会は、香港の人に実験音楽を聴いてもらうチャンスになりますから。
そして、私にとっても、ローカルのアーティストと一緒に演奏することは非常に楽しいことなんです。そのアーティストがどんな音楽を演奏していたとしても、違うジャンルであっても。違うサークルにいる人と話してこそ面白いですね。例えば、今度の今週土曜のパフォーマンスではdj sniffにも出演してもらうんですが、Alain Chiuというアーティストにも出演してもらいます。彼はピアニストで作曲家です。彼はどちらかというと、アカデミックな現場で活躍している人です。dj sniffはターンテーブルで演奏しますし、中国の伝統弦楽器、古筝を演奏するアーティストも出演します。
他のシーンや他のジャンルからから人を集めることで、良い機会を作れるんじゃないかと思っています。このイベントでは、中国伝統楽器、電子音、ノイズなど、様々な音でそれぞれが即興で演奏するんですよ。

 

Sin:Ned、dj sniff、Shelf-indexの3人による2012年のパフォーマンス。

 

──それは面白そうです。ところで、音楽を始めたきっかけは?

 

自然な成り行きだったんですが、10年前までは音楽レビューを雑誌に書くライターでした。日本の実験系、ノイズ音楽家について、たくさん書いてきました。灰野敬二さんや、大友良英さんなどの音楽について。しかし雑誌が廃刊になって、ライターを辞めざるを得ませんでした。ライターを辞めても、私が好きな音楽に関わっていたい。ノイズや実験音楽について書くことも聴くことも好き。その音楽に関わり続ける方法として、自分で演奏することにしました。

 

──レーベルはいつ始めたんですか?

 

2009年頃ですね。だいたい5年になります。

 

──音楽を演奏し始めた時から、香港でパフォーマンスしてるんですか?

 

当初は、香港ばかりでパフォーマンスしてましたよ。確か最初に海外に行ったのは、中国のYan Junが『GET IT LOUDER』というイベントに呼んでくれたときですね。アートとデザインがメインのフェスティバルでした。サウンドアートも取り扱われたフェスティバルで、広州で開催されました。その後は、北京、上海、他のあらゆる中国の都市で演奏しましたが、やっぱり香港でのパフォーマンスが一番多いです。今年は台湾に行くかもしれないです。Lacking Sound Festivalという台北のイベントに。

 

※Yan Jun(http://www.yanjun.org): 中国のノイズ〜実験音楽家、ライター、オーガナイザー。静寂を操る作品や、轟音ノイズ、フィールドレコーディング作品まで、美しく多様な音楽を作り続ける。北京在住。中国、香港、台湾、東南アジアのノイズ〜実験音楽ファンで彼の名を知らない人はいない。

 

Yan Jun、Sin:NedことDennis Wong、他香港のアーティスト2組、

計4組でのインプロヴィゼーションセッション。

 

 

──Re-Recordsというレーベルの共同主宰者でもありますよね?レーベルを始めたきっかけは?

 

ただ単に自分たちの音源をリリースしたかったんです。NO ONE PULSEというユニットを友人のKWCというグラフィックデザイナーとやっていたときのことです。LONA RECORDSという香港のレコード屋兼レーベルから1枚リリースしたのですが、もっと自由にデザインやパッケージを作りたいね、と話しました。なので自分たちでレーベルを立ち上げることを考えたんです。CDパッケージ自体も自分たちの創作のひとつなので。パッケージだけでなく、音楽としても、フィールドレコーディングのシリーズをリリースしたかったんです。当時私たちは特にフィールドレコーディングに興味があったので。香港にはほとんどそういった音楽を扱うレーベルがないですから、必然的に自分たちでレーベルを立ち上げた。それがRe-Recordsの始まりです。

 

──Re-Recordsからはdj sniff氏の単独音源が2013年にリリースされて、T.美川さんと.esのライブレコーディングもリリースしていますよね?経緯を教えてください。

 

2012年に日本ツアーをしたとき、大阪の会場ベアーズで、私たちが出演するイベントの同日の直前に、インキャパシタンツの美川俊治さんと.esがパフォーマンスされていました。それを観させていただいて、素晴らしかった。終わってから、.esの方に「これは録音してリリースしないんですか?」と聞くと、「録音したのでリリースもしたい」とのことでした。リリースするレーベルがまだ見つかっていないとのことでしたので、ぜひRe-Recordsでリリースさせていただきたいとオファーしました。

 

 

 


T.Mikawa & .es “September 2012”
試聴はRe-Records webサイト内のインフォメーションより。

http://www.re-records.com/discography/re-cd-011/

 

──レーベルとして、次のプランはありますか?

 

Yan Junの音楽と本のセット、そして先日亡くなられたズビグニエフ・カルコフスキーさんのドキュメンタリーDVDと本のセットをリリース予定です。

 

──ちなみに、どうやって生計を立てているんですか?音楽でお金を得ていますか?

 

いえ、昼間は仕事をしていますよ。音楽はお金になっていませんね。

 

──台湾の失聲祭(Lacking Sound Festival)に今度出演するということですが、知っていますか?あのイベントは、たくさんの学生や芸術家志望の人、芸術に興味のある人が来ていて、パフォーマンスが終わったら質問攻めされるんです。

 

友人にウワサは聞いています。パフォーマンスの後にオーディエンスとディスカッションできる、というのは素晴らしいことですよね。香港の場合、パフォーマンスのあとのQ&Aって、みんな質問したがらないんです。

 

──日本でもアーティストトークでのQ&Aはなかなか活発にならないことが多いです。

 

中国大陸では、オーディエンスはアーティストトークの場でなくても、パフォーマンスの後、たくさん質問をぶつけてきてくれます。でも香港の人たちは、「ああ、知ってるよ、聞くまでもなく、アートのことはわかってるし」と、カッコつけたがるんですよね、なぜか。

 

──日本はそれとはちょっと違うかもしれません。日本人はとても静かだから。

 

なるほど。私は、パフォーマンスの後のオーディエンスとアーティストの会話ってひとつのコミュニケーションなので、大事だと思います。例えば、ある一人のオーディエンスが、こういった実験音楽やノイズなどの特殊な音楽を初めて聴いたのなら、その感想を聞くことはアーティストにとってとても良い機会になるはずです。

 

──LSFのプロデューサー、YAO Chung-hanやWangさんは、あのイベントをもう5年以上も毎月1回続けてきて、それが台湾の若い人たちのアートに対する興味を成長させてきたんだと思います。そんな土壌をつくった彼らを、私は尊敬しています。

 

そう。だから私も香港のアンダーグラウンドシーンを活発にする為にベストを尽くそうと思います。