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サウンドアーティスト Fiona Lee(李穎姍)インタビュー

 香港には多くの芸術系学校があり、たくさんの若い作家志望者がいる。ただ、彼らが展示やイベントの形態で表現をしようと思ったときにいくつか障壁があるように思える。例えば、べらぼうに高い家賃。潤沢な資金がなければ、ギャラリーやスペースはなかなか続かない。街の移り変わりは激しい。ちなみに2014年の頃、油麻地の裏通りにあるとある友人のお店が、たった20平米ほどなのに家賃が20万円程度と聞いて驚愕したことがある。また、アジアのハブ拠点香港には、海外から多くのトップアーティストがひっきりなしにやってくる。ローカルを支える芸術愛好家は少なく、オルタナティブな若手芸術家の表現をする場があったとしても、集客に苦労するようだ。


 2011年、最初に香港を訪れてから、いろいろなミュージシャン、アーティスト、クリエイターと会ってきたが、香港で何かを続けることは、作品を産み出すことと同じぐらい難しそうだ。2011年当時、作家やミュージシャンであった人の一部は、音楽や芸術の現場をすでに離れている。


 今回インタビューをとったFiona Leeは、私が2011年、最初に香港に訪れた時に作品を観たアーティストだ。当時、ifvaというインディペンデント・フィルム・フェスティバルのメディアアート部門で展示していたFiona Leeの作品が何か気になり、彼女の名前をメモに留めていた。あれから5年、彼女は地道に活動を続けている。香港では、芸術大学で働きながら小さな現場での演奏活動やインスタレーションも行なっている。


 香港のバンドtfvsjsが運営するレストラン『談風:vs:再說』で彼女と待ち合わせて、彼女の表現や今の考えについて聞いてみた。感じている事をストレートに、迷いのない様子で話してくれるFiona。インタビュー後にいただいた彼女の新作音源『walking in a daze』は、とても気持ちのよい柔らかいノイズ音が重なっていて、愛聴盤となっている。

 


 

──Asian Meeting Festival 2016への出演は、どうでしたか?

 

とても個性的なパフォーマンスをする人たちに会うことができました。あるインドネシアのノイズ演奏家に聞いた、インドネシアで彼が行なっていることは衝撃でしたね。街の、パブリックなスペースで、ノイズや即興音楽の演奏をやると言ってました。彼はサウンドシステムを持っていて、ノイズを演奏したい人に自由に使わせていると。少しだけドネーションとしてサウンドシステムの維持費をもらうようですが、次世代に繋ぐという意味で、10代や若い世代で演奏してみたいと思っている人にはとても良い状況だと思います。香港では、こういった音楽に理解のある場所がなかなかありません。もし誰かサウンドシステムを持っていたとしても、お金をもらって貸しています。また、そのインドネシアのノイズ演奏家は、公園でノイズのライブをやることもあると言ってました。驚きましたね。また、マレーシアのYong Yandsenも非常に面白いキャラクターでした。彼はマレーシアで、自らオーガナイズイベントをたくさん行っています。アーティスト同士が互いに情報交換をできて、それぞれの地域の状況を良く知ることができました。

 

──香港のサウンドアーティストは、大学や芸術系の学校で働いている人が多いですね。

 

dj sniffは確かに、彼の作家活動とは別で、大学で教えています。でも例えば最近、Samson Youngという香港のサウンドアーティストがとても有名になりました。去年のART BASEL香港で賞をとったんです。彼も香港城市大学 School of Creative Mediaで教えていましたが、大学を辞めてアーティスト活動のみでやっていくそうです。また、私の友人でWong Chun Hoiというサウンドアーティストがいますが、彼は私も参加した「アートキャンプあみの」で共同キュレーターを務めていました。彼は今、香港島の南側にある工業街にできた新しいスペース「Floating Projects」のマネージャーとして働きながらアーティストとして活動しています。即興音楽やサウンドアート、パフォーマンスアートなど、あらゆるイベントの制作をしています。

 

 

Floating Projectsにて

 

──Fionaも今は学校で働いているんですか?

 

はい、香港城市大学 School of Creative MediaのLinda Lai氏のもとでリサーチアシスタントをやっています。次の6月中旬に一度契約が切れるのですが、もう一度契約して、もっとリサーチや企画に時間をかけたいと思っています。あと、香港は年々物価が上昇していてパートタイムでは厳しくなってきているので、フルタイムでリサーチアシスタントとして再契約しようと計画しています。

 

──FionaもSchool of Creative Media出身なんですよね。良い学校でしたか?

 

私にとっては、可能性を広げてくれる場で、自分の作家活動において重要なことを学びました。また、私が卒業してからdj sniffがSchool of Creative Mediaで教えるようになったんですが、彼は世界から素晴らしいミュージシャンやアーティストを大学に呼んでコンサートやレクチャーを行っていました。普段香港では観ることができないアーティストを観て、とても刺激を受けました。ですが、School of Creative Mediaの予算の関係上、今はコンサートや展示に割く予算がないそうで、とても残念です。そういえば、ここのレストランでも、dj sniffと一緒に演奏しましたよ。

 

──このレストランで?

 

そう、定期的にこの観塘エリアで行なっている『牛遊』というイベントがあります。このエリアには、アーティストのスタジオが多いんです。『牛遊』が行われる週末の1日だけ、一部のスタジオが開放されて気軽に見に行くことができるんです。一般の人も、このエリアのアーティストコミュニティを知ることができる面白いイベントです。このレストランはtfvsjsというバンドのメンバーたちが運営していますが、『牛遊』の際にメンバーのAdonianが即興演奏のコンサートをここで開催しました。そのコンサートがとても面白かったです。dj sniffと私と、もう一人コントラバスの演奏家で3人で即興演奏しました。

 

牛遊 https://www.facebook.com/ngautrip/

 

──3人とも香港拠点のミュージシャンだったんですね。

 

はい、3人とも香港拠点のアーティストですが、観客がいつもとは全く違いました。香港では、ノイズや即興演奏などのライブにはだいたい同じ客層が観にきます。でもここでの『牛遊』コンサートの時は、まさに今周りのテーブルにいるような一般の人たちが観に来ていたんです。(周りのテーブルには、仕事帰りのサラリーマンと思われる40代~50代、また、流行りのカフェやお店に敏感そうな20代~30代、バンド系の音楽が好きそうな若者など、幅広い客層がいた。)お客さんを見て驚きました。うわ、どうしよう、って。演奏することにちょっと心配にもなったんです。私の出す音は、ノイズ音楽やサウンドアートに慣れ親しんでいない人たちにとっては耳障りかもしれないと。でも一部、ノイズやオルタナティブな音楽を聴いているような層もいました。なので、気にせず自分の演奏をして楽しんだのですが、よりオープンな気持ちで演奏できました。こういった音を普段聴き慣れていない人にとっては貴重な体験になったと思います。そのときからAdonianは、こういったオルタナティブな音楽のイベントを行うことに積極的でいてくれてます。コンサートは投げ銭で行われて、たくさんもらえたわけではないですが、自分にとってとても良い経験になりました。食事、ビール、またバンド系の音楽に興味のある人。普段とは違う層の人が来るこの場で演奏することで、ノイズのような音楽を知ってもらう機会になったと思います。

 

香港の書店Acoにて開催されたイベントでのFiona Leeによるインスタレーション。

 

──香港にはサウンドアートの団体でsoundpocketがありますが、Fionaもメンバーですか?

 

私はメンバーではありませんが、良く協働しています。彼らも私を何度もサポートしてくれていますし、私も何度も彼らの活動に参加してサポートしています。大学を卒業してすぐ、soundpocketが香港のNPO団体Oxfamと開催した中高生のためのサウンドウォーク・ワークショップを私も手伝いました。街の音を聴くワークショップだったのですが、中高生たちとウォーキングの後にディスカッションして、香港での街の再開発について話し合いました。音を用いた良い教育プログラムでした。また、パフォーマンスでsoundpocketに招待してもらうこともあり、とても良い関係で付き合っています。

 

──どういうきっかけでサウンドアートを始めたのですか?

 

真剣に取り組み始めたのは、School of Creative Media在学中に、電球を使ったインスタレーションプロジェクトを行なったときからです。5、6年前です。昔はサウンドアートやノイズのような音楽にさほど興味を持っていなかったのですが、そのプロジェクトをきっかけに、より良い表現にしようと研究を重ねてきました。School of Creative Mediaではサウンドアートの歴史についても学んでいましたが、先生であったフランス人アーティストCédric Maridetには影響を受けましたね。授業には実はあまり出席していなかったのですが(笑)。あるとき、ソフトウェアを使った作品をつくっていて、展示の際に電球を使ったんです。そのときに、「この電球からも音は出ていますか?」とCédric先生に聞いてみたら、「ああ、それは、ぜひ聴いてみなさい」と言われました。確認すると、確かに音が出ていた。それをきっかけに、電球から出る電気の音をどう録音するか、どう拾うかに着眼していきました。あとは、自分でGoogleやYouTubeで調べて、また、他のアーティストからも学んでいきました。音にこだわりはじめたのは、その電球の音に出会ったときからです。また、soundpocketのプロジェクトでは、梅田哲也さんのアシスタントを担当したこともあり、梅田さん含め多くのアーティストから様々な表現方法を学んでいます。

 

──サウンドアートと音楽の境目は曖昧だと思っているのですが、Fionaは自分がどちらに立っていると思いますか?

 

Asian Meeting Festivalに出演したとき、ちょっと困惑したんです。今まで、あんなにたくさんの人たちと即興演奏したことがない。だいたい即興演奏するときは、いつも2人か3人ぐらいでの演奏です。他の一部の参加ミュージシャンも、同じ気持ちを持っていたそうです。どう自分をここで表現しようかと。そういう話をしていたときに、同じく参加していたミュージシャンと「自分をミュージシャンと定義するか、サウンドアーティストと定義するか」というような話になりました。私の場合は、音楽としての練習や習得をしていないので、自分をミュージシャンとは言えないと思っています。子供のときにピアノを習っていましたが、ピアノのテストが大嫌いで(笑)、辞めてからはピアノを弾いていません。サウンドアート、サウンドについてのほうが音楽よりもよく知っていますし、作品の素材として用いています。スケールもメロディもなくて、自分にとってはそのほうがパフォーマンスしやすくて上手くできる。だから、私はサウンドアート側にいると思います。

 

──私はどちらかというと音楽の仕事をしてきた側で、逆にサウンドアートについてあまり知識はないのです。ただ、それでもサウンドアートのパフォーマンスや展示、音源を聴いて、単純に、「これは気持ち良い音」と思ったりする。その裏側でアーティストが考えたコンテキストを考えずに、感覚で好きになったりします。

 

伊東篤宏さんに聞いたことがあるのですが、伊東さんは昔はどちらかというとサウンドアート側にいた人だったと思います。でも、今はミュージシャンのように活動している。伊東さんは、長いあいだ蛍光灯を使ってノイズを鳴らして、まるで蛍光灯が楽器に見えるような演奏をしています。伊東さんにコントロールされた蛍光灯は、楽器としてしっかり機能している。楽器で作られる音だから「音楽」なのではないかと。いろいろ考えはありますが、これも一つの考え方ですよね。

 

 



2016年4月22日、香港、レストラン「談風:vs:再說」にてインタビュー

 

Fiona Lee(李穎姍 – フィオナ・リー)・・・
香港を拠点に活動するアーティスト。インスタレーションとパフォーマンスの中間点で表現する。日常生活のある瞬間やある感覚から創作へのインスピレーションを受けている。最近の作品では、周波数と電磁波の関係に着目している。
http://fionaobscura.com/