loading

対コロナ期における中国─回復前夜の状況・観客による孤独の実践

Miji Concert 66, Zhu Wenbo "HALF"

 国際ニュースを覗けばわかるように、中国では段階的に移動や観光が再開している。5月1日には、故宮博物院が予約制など一定の規定を設けたうえで再開。感染者が少なかった甘粛省では、観光地区や飲食店、ホテルを全面再開することが4月27日に発表され、特に省内で観光や移動を再開し消費することが奨励された。もちろん、現在中国で利用されているアプリ『防疫健康码』(自身の健康状態を証明する)を活用することや、施設の入場者数の限定、予約制などの措置をとったうえでの再開である(*1)。甘粛省のみならず、今回新型コロナウイルスの感染者が増大しなかった地域においては、段階的に様子を見ながら様々な活動が再開できるだろう。

 

 中国でも、家賃補償や中小企業支援の施策がいくつか発表されているのだが、その前段階として、いくつかの文化芸術にまつわる調査結果が上がっており、そちらを眺めることも興味深い。

 

 2月に発表されている「新型肺炎疫情对中国艺术行业的影响调查结果」は、中国国内の芸術界への新型コロナウイルスの影響を調査したものである(*2)。現代アートやビジュアルアートに関わる組織や個人が多く答えており、伝統芸能等は含まれないと考えた方が良いだろう。中国の芸術界においては、昨年の上半期と比べて収入が50%以上落ちている者は24.1%、30%から50%落ちている者は31.1%という結果になった。

 

 同じく2月に発表された、北京の文化系企業を対象に実施された調査では、「影響は甚大、倒産の可能性がある」と答えた企業が24.2%にものぼっている(*3)。また、この調査においてはオンライン営業(线上)の企業とオフライン営業(线下)の企業、そしてその2種混合して営業している企業とで分けて調査結果を示していることも興味深い。オンライン営業であっても影響を受けているということは、何とも憂慮すべき事態である。

 

 また4月初旬に発表された、山西省内の舞台芸術に関わる者たちへの調査結果は残酷に他ならない(*4)。主に伝統地方劇関係者を対象にしている。調査対象者の78.1%がまだ仕事を再開できておらず、15.7%はすでに失業。9割以上の収入がなくなった者が66.9%。また、この調査結果では調査対象からの詳細なコメントも記されていて、そこには日本国内で聞く心痛な声と似たものも多い。「人材流出が深刻」「公演がなければ収入がない、一時的な生活費の支給を」「芸術は国家建設に役立つものではないが、国民から、政府からの、良い解決方法が必要だ」など。(※一部意訳

 

 確かに冒頭で、様々な活動が中国では再開されつつあると述べたのだが、音楽イベントや演劇、舞台公演の類についてはなかなか再開が見えない。各都市や省政府からは”公演会場における感染予防ガイド”が通知されているのだが、要件項目は多く、現実的なものとは思えない。(*5)

 

 冒頭からここまで、中国内での一般的な文化芸術にまつわる情報や調査結果を紹介した。しかしながら当然、こういった調査にもまったく引っかからない音楽や、マイクロレベルでの創造的な活動について紹介しているのがこのウェブサイトOffshoreである。国家や統治から逃れて生活するゾミアの人々のように、あるときは事情があって、あるときは特に意味を持たず、制度や分類等の束縛から軽快に逃れていく音楽家や実践者たちがいる。

 

 前回4月13日に投稿したコラム『対コロナ期における中国での実験的な音楽─空白を乗り越えるために』から、さらに更新する形で、いくつか紹介したい。

 

 北京を拠点に活動する颜峻(Yan Jun)は、「今私たちは深い孤独の中に入り込む必要がある。次の密集音楽会(Miji concert)は、北京の厳しい状況を鑑みて、アーティストは作曲だけを提供し、観客が自分でパフォーマンスするものにする予定。」とFacebook上でOffshoreの記事を参照しながら予告した。(*6)

 

 さっそく4月30日から始まった密集音楽会66は副題に「観客の演奏による」と名付けられ、颜峻が運営するウェブサイト『SUBJAM』とFacebookグループ、微信アプリ(WeChat)上で展開している。約30名のアーティストに対し、颜峻が「観客が演奏するための作曲作品」の提供を依頼し、1日1作品ずつ順に発表されていく。颜峻は、「みなさん自分で演奏してみてください。もしやろうと思えば、自分で自分の演奏会を組むこともできます」と添えている。(*7)

 

 初日は朱文博(Zhu Wenbo)の作品『一半 特別版(HALF – A special version for audiance, to play for self )』が配布された。元々音楽家のために作曲していた作品を、楽器演奏者でなくとも楽器を所有していなくても演奏できるようにリライトしていて、耳を手で塞ぐ/開ける動作を繰り返すものである。次に続く赤間涼子の作品では1つか2つの継続性のある音を用いることとし、さらに続くKevin Corcoranは2作品提供した。Kevin Corcoranによる1つめの作品はタイトルを『Shanzhai』(※おそらく山寨のピンイン、「パクリ」の意味と思われる)とした。『Shanzhai』では、SUBJAMのVimeoチャンネルにアップされた動画から好きな動画を選び、パフォーマーの体の動作を模倣し、自分が自然にその動作をできるようになるまで繰り返すこと、と指示されている。とにかく、どれも非演奏家/非楽器奏者が、自宅でも演奏できる/パフォーマンスできるものである。

 

 観客という立場を実践してきた者は、アーティストから指示された作品を自分がパフォーマンスすることにより、異様な体験をすることになる。演奏を聴きたければ、自分が演奏しなければならない。ついに自分で演奏する覚悟ができ、演奏したとする。観客になりたいという欲で演奏したつもりが、自分で演奏したものは客観的に聴くことができない。この矛盾した状況に置かれて、これまでの自分の観客としての態度を見直させられる。一体自分が何を聴き、何を見、どのように感じ取ってきたのか。客観性を持って、観客である自分、そしてアーティストについてをも、眺めることができる。立場を逆転させられることによる視界の変化は絶大である。

 

 また、もう一歩踏み込むのであれば、これは音楽やアートのオープンソース化と見ることもできるかもしれない。楽器修練を必要としないこのような演奏において、観客である私たちは常に消費者の立場にいなければならないのか?資本主義制度自体が崩壊しそうな今であるからこそ、音楽やアートにおける生産者と消費者の立場を取っ払うような試みがなされても良い。アーティストのアイディアやコンセプトを自由化していくことは、そのまま、アーティストがそれで食えなくなってしまう原因に繋がるのかもしれない。が、その先に現れる、誰もが生産者になることができる状況。生産者と消費者の境界線をぼかしていく作業。想像するに、魅力に溢れていないだろうか。

 

 北京の他のアーティストの活動も紹介しよう。颜峻の例のように、演奏することを完全に観客に放り投げてはいないが、フォーク歌手の小河が4月14日に発表したプロジェクト『啊(Ah)』も、観客が参加したプロジェクトだ。(*8)

 

 2015年頃から、微信(WeChat)等を用いて一般からの「啊」の声を募集していた小河。新型コロナウイルスが世界で猛威を振るうこの状況において、いったん現段階で集まっている773名による「啊」の声をミックス。オーディオファイルとして自身のFacebookにアップロードした。

 

 募集の際には小河より「一息で、息継ぎしないできるだけ長い啊」と指示されていた。頭(開始点)を合わせて773名の「啊」が一斉に響く。最長の「啊」は1分12秒続く。

 

 小河は、Facebookに以下のようなテキストも添えた。「この773名における民族や信仰、身元に関して、私はほとんど知らない。しかし唯一分かっていることは、互いが互いの声を聞くことはできないけれど、私たちの声はこのオーディオトラック内に永遠に共にあるということである。」「どの人種や信仰でも『啊』の音は始まりを示し、多くの宗教において神聖な始まりの音でもある。」(※一部を意訳)また、テキストの最後には、引き続き人々からの「啊」を募集し続ける、とも書かれている。

 

 中国最大手の音楽レーベル摩登天空(Modern Sky)よりリリースし、多くのメディアにも露出している人気フォークシンガーである小河。最近では中国各地に出向きその地域の民謡を聞き取る活動にも熱心だ。またアートシーンにおいては、児童やその親らとともに作詞作曲し演奏するワークショップも行う。スターの位置に落ち着くのではなく、中国各地に生きる市井の人々、ひとりひとりの声に耳を傾け続けている小河は、「民俗の」という真の意味での「フォーク」を、歌というメディアで伝播している。プロジェクト『啊』がさらに数年後どのように発展していくのか、楽しみである。

 

 本日5月4日時点。中国の都市部でも、一部において、小さなイベントは再開しつつある。大きな告知がなされておらず、友人のSNS投稿でこっそりと気づく現状から鑑みると、非公式な開催だと捉えておく必要があるかもしれない。しかし、中国では1月23日の武漢封鎖から約3ヶ月を経て、やっと日常が戻りつつある前夜に突入したと言えるのかもしれない。ただ、中国では、この3ヶ月の間に、各スーパーマーケットや各マンションの入り口に検温ポイントが設けられ、自身の健康証明書となる「防疫健康吗」アプリが一般的に使用され、地下鉄に乗車するにもそのアプリの提示が要求された。

 

 ちなみに、前回のコラムの注釈において記載した上海当代艺术博物馆(Power Station of Art /略称PSA)は、3月31日から開催している収蔵作品展入場において以下の条件を明示している。


・予約制で1日1000人まで(※PSAの展示会場面積は約1.5万平米。)
・来館には上海当代艺术博物馆オフィシャル微信アカウントから実名での予約が必要。
・入館時には規則通りに並び、体温測定をする。
・入館時には、健康状態を示すアプリ(健康码)において安全を示すこと。
・入館時に、身分証明書を提示すること。
・展示室内で鑑賞中はマスクを装着すること。
・鑑賞中は、他の人と1.5m以上の距離を取り、集まりを避けること。

 

 健康状態アプリについてはさておき、未だ街中で検温ポイントさえも現れず、とても感染者が減っているとは言えない状況の日本では、未来のいつ頃になれば、気軽に外を出歩けるようになるだろうか。少なくとも、中国の状況を踏まえて読み解くに、中国より長期化することは間違いなさそうである。さらには、「自粛」や「要請」等、各々の善意と倫理観を試されるような言葉の乱用により、相互監視の時代に突入してしまっている。

 

 この状況は長引くだろう。精神衛生を保つためにも、制度を超えた音楽やアートの実践を、なるべく孤独に取り組み続けていたい。

 

写真:Miji Concert 66 Facebook グループより、『一半 特別版(HALF – A special version for audiance, to play for self )』投稿のスクリーンキャプチャ

 


*1 甘肃省文旅行业已全面复工复产 http://www.gov.cn/xinwen/2020-04/28/content_5506904.htm
*2 新型肺炎疫情对中国艺术行业的影响调查结果 https://news.artron.net/20200212/n1070153_1.html
*3 新冠肺炎疫情带给北京文化企业的“危”与“机” https://www.sohu.com/a/376120115_682144
*4 新冠疫情对山西戏剧工作者从业影响调查报告 http://www.chnjinju.com/m/view.php?aid=12305
*5 国务院叫停「影院剧场」复工,真是我们想象这般简单? https://mp.weixin.qq.com/s/tedhPjdTDjQnPNaj8xvKtw
 ※記事内では、政府による指南が数ある公演会場の種別に対応しきれていないことや、映画館の営業が停止命令を受けた経緯を指摘し、文化系事業者にも再開と復興に向けた戦略が必要であると示唆し議論を促している。
*6 Yan Jun, Facebook, 2020年4月15日投稿
*7 SUBJAM 「密集音乐会 miji concert 66」(最終閲覧日:2020年5月4日) http://www.subjam.org/archives/5117
*8 XiaoHe(小河), Facebook, 2020年4月14日投稿 https://www.facebook.com/he.xiao.73700/videos/10158049941569654/